外敵に対する恐怖
外敵に対する恐怖
少し目の前の生活を離れて、昔のことを思い出してください。昔といっても、自分が生まれるずっと前のことです。
今の生活―――とても便利な生活は、自分の親の世代はともかく、祖父母の世代にはほとんど実現していなかったかもしれません。
では、祖父母の世代の祖父母はどうでしょうか。その上の世代は?
こうして人類の誕生までの長い時間をさかのぼっていくと、食べるのに困らない、着るものに困らない、住む場所に困らない時代は、人類の歴史の中でほんの一部分にすぎないということがわかります。
野生生物を狩ったり、あるいは野生生物に狩られないような習慣を持っていなければ、私たちの祖先は生き残ることができませんでした。
もしも、私たちの祖先に外敵に対する恐怖の感情がなければ、いち早く危険を察知し、対処するという行動がとれなかったはずです。
つまり、恐怖の感情は生き残るために、危険を知らせてくれる警報だったのです。
いまでも、私たちは恐怖の感情のおかげで、手ひどいダメージを受けかねない事態から事前に身を守ることができたり、咄嗟に危機を回避することができます。
内側から生じる不安
そして、危険とセットになっている不安が何らかの行動を妨害してくれるおかげで、「君子危うきに近寄らず」という状態を作り出してくれます。
正常に動いている限りでは、恐怖や不安の感情はとても役立っています。
しかし、現代で、命の危険に晒(さら)されることはそう多くありません。
私たちが不安に思っていることは、仕事・学業・お金・人間関係など、実際に全て崩壊してしまったとしても命までとられるわけではないことばかりです。
ただ、そうした不安も、命の危険に対する不安も同じようなものです。全部、私たちの脳が作り出した、つまり体の内側から生じたものです。
パニック障害を始めとする不安障害は、身の危険を知らせるための防衛システムの不調なのです。
ここで理解しておくべきことは、たとえ「外敵」などどこにもいなくても、防衛システムがおかしくなれば、まるで外敵を前にしているかのような恐怖を味わう、ということです。
パニック障害を始めとする不安障害の持ち主は、不安の原因を探そうとします。
ですが、多くの場合、原因究明はうまくいきません。その理由は、もうお分かりのことと思いますが、外側に何もなくても防衛システムが壊れてしまえば、恐怖や不安は勝手に生じるからです。
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